■ 曖昧な境界線 ■
だあん。壁に背中が打ち付けられた。
けれど、この音はそれによって起きた音じゃない。だって、私の背は痛くない。
……入善の手が、壁に当たったことで、起きた音。
「……入善? どうしたの?」
「わかってるか?」
「何を?」
「お前が、どれだけ俺を煽ってるか」
入善の手が私の髪に触れて、そして優しく頬に触れた。
すぐ目の前にいる、いつも見ていた入善の顔がなんとなく何故か見れなくて、私は俯いた。
知らないよ。こんな入善の顔。私は、いつも優しそうに笑ってる顔しか知らない。時折見れる真剣な顔は知っているけれど、それとは質の違う顔。こんな辛そうな表情の入善は、知らない。
「……え」
「、気付いてたか?」
入善の声が私の鼓膜じゃなくて、頭蓋骨を直接揺らす。入善の熱い吐息が肌で感じれる。それぐらい入善に近い位置に、私はいる。
どうしよう。どうすればいいんだろう。何をするべきなのか、何をして良いのか私にはわからない。
「俺は、好きな奴に抱きつかれて黙っていられるほど、人間出来てない」
「……い、り、よし」
震えてるだろう声で名を呼んだ。
俯いていた顔を上げて、入善の顔を見つめる。彼は、本当に辛そうな顔をしていた。
「好きだ。――こうやって、抑えが効かないくらい」
そうして、入善の顔が近付いてきた。
どうしよう。顔をそむけることも出来ただろうし、ゴメンナサイと一言いうことも出来た。
けれども、体は動かなかった。
動かさなかったのか、動かなかったのか私にはよくわからなかったけれど、でも、その感触は、どうしてか嫌じゃなかった。
「……」
そう言って、私のことを抱き締める腕に、私は拒否という言葉を忘れそのまま抱きしめられていた。
ああ、人はこういう感情を何て言うんだろう?
2006/01/24
久し振りに富山入善さんを書いてみました。
このヒロインさんはひなじに対する入善さんを見たこと無いっぽそうですね。
えーと、設定としてはヒロインと入善は幼馴染で、入善さんはヒロインさんのことが好きという。
ありがちーだけど、結構楽しく書きましたー。
需要と供給のグラフを無視しながら書いたので世間のニーズに応えてる自信がありませんけど…。
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