届 か な い 、 声
指先でなぞる。もう温かさが半分くらい抜け落ちてしまった彼の唇を、ゆっくりと辿る。
ついさっきまで動いていたはずの躰はもう動かない。彼の魂は肉体から切り放され、そして何処かへ行ってしまったのだ。
――ねえ、本当に満足だったの。
自身の唇を動かすだけで問うてみる。声帯を震わせる必要はない。声に出そうが出さまいが、彼からの返事はないのだから。
――生きてないとできないこと、いっぱいあるじゃない。
じわり。涙がいまさら浮かぶ。
嫌だよ。もういない人なんかのために泣いてあげないんだから。涙の一粒さえも、あげてなるものか。
それでも、零れる涙は私の気持ちそのもので。堪えようとして堪えられるものなんかじゃなかった。
「限の、ばか」
ねえ、限。ホントに満足してたの? 私の目を見て、答えてよ。
「……違うか。馬鹿なのは、わたしだよね」
目が、熱い。それを認識すると同時に、止め処無く涙が落ちていった。私の感情が溢れてく。溢れても消えず残る想いが行き場をなくして落ちていく。
私の中を、占めていく。
「げ、ん」
底冷えするように冷たくなった限の手にそっと触れて、そっと両手で包み込んだ。ひやりとした冷たさが、私に現実を突きつける。
「『さよなら』なんて、言えないよ……」
熱さで融けそうな目を瞑って、縋るように呟いた。
けれど、その言葉は夜の闇に全部奪われて、限まで届きはしなかった。私を包んだのは静寂と遣る瀬無さ。ただそれだけ。
「……限、おねがい」
ぎゅ。と限の手を握る力をほんの少しだけ強くする。握り返されもしない、体温のしない手。
「いかないで」
――わたしは、ひとりになった。
2006/03/02
まだ懲りません。志々尾限追悼小説第……何個書いただろう?
あれ? 本当に、いくつ書いたかわからない。
超鬱々展開やら超原作無視展開なんてのはHDDに放置してるんだけど、そういうのも入れたらいくつかしら。
傷は未だに癒えそうにはないです。時々思い出しては泣いてます。
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