揺れる波間、かたる静寂 11

「……と、いうわけで中間報告なんだぜぃ!」

 そう告げたモクバくんの表情は、びっくりするくらいのにこにこ笑顔。うん、海馬くんもそう言っていたけれど、風邪はもう完全に治ったみたいだ。そのことに深く安堵する。
 何かいい兆候があったのかなあ、と思いながら、「何か変化あった?」と逸る気持ちを抑えきれずに問いかけた。

「思い出した、とかは無いんだけどな。この間、兄サマがのこと言ってたから。一歩前進かなって」
「……モクバくん、ちょっと私のこと買いかぶりすぎてない? 共通の知り合いを話題に出すことって良くあることでしょ?」

 そう言うと、モクバくんは眉尻を少し下げて苦笑した。あれ、私、何か変なこと聞いたのかな。そう思いながらモクバくんのほうをじっと見つめていると、モクバくんは困ったような表情のまま、ココアを一口飲んだ。
 どうしたのかな、と思いながら私も一口ココアを飲もうとカップを持ち上げると、モクバくんがにっと「いいことを思いついた」と言わんばかりの表情を浮かべるのが見えた。

「そういえば、はKCに来たことなかったよな」
「うん、行ったことはないよ。見たことはあるけど」

 唐突な話題の変化に目をまばたかせながらも、そう返事をした。ゆっくりとカップをソーサーに戻して、モクバくんの言葉の続きを待つ。
 童実野町に住んでいる以上、KCを知らない人はいないだろうし、その本社ビルを見たことがない人はいないだろう。ここ童実野町は、はっきり言ってしまうと、KCの恩恵を受けて大きくなった町だ。KCがあることによる経済効果で発展した、と言っても過言ではないと思う。それを象徴するかのように、本社ビルは摩天楼の如く町の中央に聳え立っている。

「じゃ、行こうぜぃ」
「え?」
「KC。見学してけよ」

 モクバくんは私の返事を待たず、椅子から降りると私の腕を引いた。
 ちょ、ちょっと待って、モクバくん! どう考えても仕事の邪魔になっちゃうと思うんだけど、本当にいいの!?

「別に平気だぜぃ? 社員の多いとこ行かなきゃ良いんだし。それに、オレ、副社長だからな」

 モクバくんの言葉を聞いてもどうにも不安で、恐る恐る、私は問いかけた。

「……海馬くん、怒らない?」
「そりゃ邪魔したら怒るけど、見学くらいじゃ怒らないよ。兄サマ、そこまで短気じゃないぜぃ?」

 ほら、大丈夫大丈夫! とびっくりするくらいにこにこしたモクバくんの笑顔と、見学くらいじゃ怒らない、という言葉に負けた。
 負けた、というより、後押しされた、と言ったほうが正しいかもしれない。私は、海馬くんやモクバくんが働いているという観点から、KCに行ってみたい、と微かながらも思っていたから。
 ゆっくり椅子から立ち上がって、モクバくんと手を繋ぐ。

「……それじゃあ、お願いします」
「おう! それじゃ、早く行こうぜ!」

 嬉しそうに笑うモクバくんに、手を引かれながら歩く。昔、施設にいた頃もそうだったけれど、今はそれに輪をかけて、モクバくんは私とスキンシップを取りたがる気がする。やっぱり、ここで放置され続けて育ったのは寂しかったんだろうな……。
 そう思うとなんだか悲しくて、私は、モクバくんと繋いだ手に込める力を、ほんの少しだけ少しだけ強くした。









write:2009/02/19 up:2009/02/20