揺れる波間、かたる静寂 13

 二、三分エントランスの様子をぼんやり見つめていると、モクバくんが「待たしてごめん」という言葉と一緒に、駆け寄ってきて、私にIDとやらを差し出してくれた。受け取ってから、「そんなに待ってないよ、全然大丈夫」と返事をする。ほっとしたような笑顔を見せたモクバくんは、こてんと首を傾げるようにして私を見上げた。

「さてと。どっから行く?」
「KCのことはよくわからないから、モクバくんにお任せコースで」

 そう告げると、モクバくんは少しだけ考え込むような仕草を見せた後、「じゃあ、まあ、オレについてきてよ」とあっけらかんと言ってのけた。まあそれが一番いい。私は仕事をしたことなんて無い(せいぜいバイトぐらい)から、会社の建物の中にどういう場所があるのかなんてわからないし。
 モクバくんの案内に導かれるまま、エレベーターに乗り込んだ。

 その後は、びっくりするくらい一気に時間がすすんだような気がした。私の知らない世界の情報が流れ込んでくるみたいで、海馬くんとモクバくんの領域の一端を、ちょっとだけ覗き見してるみたいな気分だ。モクバくんの説明やら、開発部に置いてあった新製品の試作品やら、興味の的は尽きず、湧き出るみたいに私の前に提示される。
 触ってもいいですよ、という開発部の方の言葉に甘えて、子供向けに小型・軽量化を図ったという新型デュエルディスクを持ち上げた。
 ……いまの私は、M&Wはやらない。最後にやったのは、多分施設にいた頃。狙ったカードが引けなくて、「私は運が悪いのかなあ」と結構真剣に悩んだこともあったっけ。……今思えば笑い話だけど。施設はお世辞にも娯楽が多いとは言えなかったから、いくら運が悪くても、みんなで遊べるゲームに夢中になった。そうだ、M&Wの遊び方、瀬人くんとモクバくんの二人がかりで教えてもらったっけ。
 今の両親に引き取られてからは、カードにも触れていなかった。――M&Wで遊ぶ相手も、いなくなってしまったし。

「あ、思ったより軽くなったんだね」

 モクバくん所有のディスクを一度持ったことがあったけど、あれはずっと付けたままでいるようなものじゃないと思った。あれを初めて持った時は、両手で持っているうちはいいけれど、左腕(というか、利き手と逆の腕)に付けて長時間デュエルをやっていたら、途中で左腕が上げられなくなりそうだと感じたのだけれど、これはそこまで重すぎない。サイズ自体は大幅に小型化したってわけでもなかったから、少し意外。

「ふーん……、ちょっとそれ付けてみてくれるか?」
「へ? う、うん。わかった」
「つけたら、このデッキセットして」

 デュエルディスクを装着してから、モクバくんが差し出した(多分)40枚のカードをセットする。「次は何すればいいの?」とモクバくんに尋ねると、「構えてみてください」と白衣を着た男性(さっき触ってもいいですよって言ってくれた人だ)に言われた。

「かまえる……?」
「あ、カードドローしてみてくれぃ。デュエルする時みたいにさ」

 モクバくんの言葉にしたがって、左腕を床と水平に上げて、カードを一枚ドローする。カードはヴァンパイア・ロード。はじめて見る。もうずっとやってなかったんだから、新しいカードがいっぱいあって当然なんだけど。特に何も言われないのでもう一枚ドロー、ブラッド・ヴォルス。これも知らないカード。
 なんだかちょっとむっとして、そのまま流れで三枚いっぺんにドローした。左手に持って扇状に広げる。モンスター二枚、トラップ二枚、マジックが一枚。やっと一枚知ってるカードが出た。強欲の壷。並んだカードの左端に指を乗せたあと、ゆったりと指を滑らせる。なんだか懐かしい……昔の、癖だ。
 それにしても、いくら軽くても意外と腕が疲れるなぁ。付けた感じが、なんか重たい。腕に巻くベルトに違和感を感じるし、ここだけで固定するから、なんだか心許ない。

「どんな感じだ?」
「どんなって……このデュエルディスク?」
「そ。使い心地とか」

 なんだかモクバくんお仕事モードのスイッチ入っちゃったっぽいなあ、と考えながら、感想を思ったままに口を開く。

「確かに軽いんだけど、やっぱり腕疲れちゃうかな。まあ、これは私の体力があんまりないからかもしれないけど」

 左手の手首を回す。デュエルディスクにぶつかって、かたんと音が鳴った。

「あと、腕に巻くベルト? あるでしょ。これ、薄手の服の上からだと、ちょっと違和感があるっていうか……擦れちゃって。今は短時間だったからそう問題ないけど、ずっと付けてたら痛いと思う」
「どの辺りだ?」

 その問いに、特に何も考えず「このあたりが、ちょっと」と指で指し示すと、「見せてみろ、」とデュエルディスク――というか、左腕が掴まれた。私の視界が僅かに暗くなって、あれ、さっきの白衣の人、こんなに背が高かったかな――なんてぼんやり考えながら顔を上げる。

「海馬くん?」

 モクバくん(と、開発部の人たち)と話しているつもりだっただけに、さっきまでいなかったはずの海馬くんがいるという事実に頭が追いつかない。いや、まあ、海馬くんはKCの社長さんだから、いてもおかしくはないんだけど……。
 海馬くんの顔を見つめながら考えていると、海馬くんの長い指が、私の指差した辺りをなぞり始めた。

「……ああ、確かに。ここが骨に当たるな」
「う、うん」

 海馬くんの指先が、ゆらゆらと私の腕とデュエルディスクをたどる。くすぐったい、のとはまた少し違う感覚に、背筋が粟立つような感覚をおぼえた。
 どくんどくん。心音が、おおきく、はやく、なっていく。









write:2009/03/09 up:2009/03/10